2018年4月28日土曜日

刑事裁判傍聴記:第9回公判(添田孝史)

「切迫感は無かった」の虚しさ

4月27日の第9回公判は、前回に引き続いて、津波評価を担当する本店原子力設備管理部土木グループ(2008年7月からは土木調査グループ)を統括していた酒井俊朗氏が証人だった。
手足を組み、リラックスした様子で証言する酒井俊朗氏
絵:吉田千亜さん

 裁判官とこんなやりとりがあった。
裁判官「早急に対策を取らないといけない雰囲気ではなかったのか」
酒井「東海、東南海、南海地震のように切迫感のある公表内容ではなかったので、切迫感を持って考えていたわけではない」
裁判官「15.7mが現実的な数字と考えていたわけではないのか」
酒井「原子力の場合、普通は起こり得ないと思うような、あまりに保守的なことも考えさせられている。本当は、起きても15mも無いんじゃないかとも考えていた」

 高い津波は、切迫感がある現実的なものとは認識していなかった。だから罪はない、と主張しているように聞こえた。

 東電幹部が乗用車の運転をしていて、それによる事故の責任を問われているならばこの論理も説得力を持つだろう。しかし責任を問われているのは、原子力発電所の「安全運転」についてだ。事故の死者は交通事故の数万倍になる可能性もあり、東日本に人が住めなくなる事態さえ引き起こすのである。はるかに高い注意義務がある。

 そのため、普通は起こり得ないようなことまで想定することが原発の設計では国際的なルールになっている。具体的には、酒井氏が説明したように、10万年に1回しか大事故を引き起こさないように安全性を高めなければならない。
 数十年間の運転中に起きる確率は低いから、その津波に切迫性は無い。あるいは、これまで福島沖で発生したことは過去400年の文書には残っていないから現実感は無い。そんな程度では、高い津波にすぐに備えない理由にならないのだ。

◯地震本部の長期評価(2002)は根拠がない?

相変わらず弁護側の宮村啓太弁護士の尋問の進め方はわかりやすかった。法廷のスクリーンで映し出すグラフの縦軸、横軸の読み方を丁寧に説明するなど、プレゼンテーションのツボがおさえられている。原発のリスクを示す指標である確率論的リスク評価(PRA)について、宮村弁護士の解き明かし方は、これまで聞いた中で一番わかりやすかった。PRAの専門家である酒井氏が「あなたの説明がよっぽどわかりやすい」と認めたほどだった。

 そのプレゼン術で、宮村弁護士は、地震本部の長期評価(2002)の信頼性は低いと印象づけようとしているように見えた。
宮村「長期評価をどうとらえたのですか」
酒井「ちょっと乱暴だと思いました。これは判断であって、根拠が無いと思っていました」
 言葉を変えながら、こんなやりとりが何度も繰り返された。

 そして、宮村弁護士と酒井氏が時間をかけて説明したのが、米国で行われている原子力のリスク評価の方法だ。法廷では、酒井氏が電力中央研究所でまとめた研究報告(*1)が紹介された。
 酒井氏は、どんな地震が起きるか専門家の間で考え方が分かれている時は、専門家同士が共通のデータをもとに議論することが大切であると強調した。

 不思議なのは、酒井氏の研究報告が「長期評価の信頼性が低い」という弁護側主張と矛盾していることだ。長期評価(2002)は、文部科学省の事務局が集めた共通のデータをもとに専門家が議論して、地震の評価を決めている。酒井氏の推薦する方法そのものである。
 一方、東電が福島沖の津波について2008年に実施したのは、個々の専門家に、共通のデータを与えることなく、意見を聞いてまわる調査方法だった。「米国では問題があるとして使われなくなった」と酒井氏が証言した方法そのものである。
 酒井氏の証言には、こんな「あれっ」と思わされる論理のおかしさがあちこちに潜んでいた。

◯東北電力も高い津波を予測していた

この日の公判で、東電や東北電力が事故後7年も隠していた新しい事実も明らかにされた。2008年3月5日に、東電、東北電力、日本原電などが参加して開かれた「津波バックチェックに関する打合せ」の議事記録である。

 これによると、東北電力の女川原発も、地震本部の長期評価(2002)の考え方に基づき、これまで発生した記録のない宮城県沖から福島県沖にまたがる領域でM8.5の津波地震を想定していた。東電だけでなく東北電力も、明治三陸沖地震(1896)のような津波地震が、もっと南で起きる可能性を検討していたのだ。この場合、女川原発での津波高さは22.79mの津波と計算されていた。

 長期評価によれば、女川(敷地高14.8m)も水没すると予測されていたのである。2008年3月時点では、東電は長期評価を取り込む方向で動いていたが、それに対して東北電力は難色を示した可能性がある。

◯完全に手詰まりだった

「津波対策のため原子炉の運転を停止すべきであると考えたことはあるか」という質問に、酒井氏は「ありません」と言い切った。「何かしらの指示が出されれば止めて対策というのは、どこの国もしていない。運転中に評価をして対策を取るのがスタンダードだと今も思っている」と証言した。
 しかし、運転継続しながら対策を取るのは、「一定の安全性が保障されていること」が前提だ。それは酒井氏自身も認めた。

 耐震バックチェック(古い原発の安全性再確認)は2006年9月に開始され、揺れについての報告書(中間報告書)を、各電力会社が2008年3月に提出した。運転しながら確認作業は進められたが、旧来の想定を超えても、重要部分はすぐには壊れない余裕があることを電力会社はあらかじめ確かめていた。

 ところが津波は違う。古い想定に余裕はなかった。新想定が数cm高く見直されるだけで、その想定津波のもとでは非常用発電機など最重要設備が動かなくなる。それなのに運転しながら対策を進めることは、リスク管理上とても許容されることではない。

 事故の4日前、2011年3月7日、東電は保安院から津波対策を早急に進めるよう迫られていた。翌月には地震本部が貞観地震が再来する可能性について報告書を公開する手続きを進めており、地元自治体への説明も始めていた。
 「地震本部が予測する貞観地震に、原発は耐えられるのか」と地元から問われた時、困った事態に陥る。東北電力は安全性をすでに確かめ、2010年にはこっそり報告書をまとめていた。ところが福島第一は非常用発電機や原子炉を冷やすポンプが動かなくなる。それが露見したら、運転継続は難しくなる。

 もし、すぐには問題に気づかれなかったとしても、その先の見通しも暗かった。2016年までには津波対策を終える予定としていたが、その工法に目処は経っていなかったのだ。
 そんな八方塞がりのもと、東電は漫然と福島第一の運転を続けて、事故の日を迎えた。

 酒井氏は、福島第一を襲った大津波について「想定で考えているからといって、やっぱり来たかというより、びっくりしました」と述べた。
 大津波の4年前、東電の柏崎刈羽原発が震度7の直下地震に襲われたばかりだった。酒井氏は、その原因になった活断層評価もとりまとめていた。
 そして福島第一の津波である。これも自分が想定評価の責任者。自分が調査を担う東電の原発ばかりが、めったに起きないはずの地震に連続して襲われことは無かろうと、高をくくっていたのではないだろうか。


(*1) 酒井俊朗「確率論的地震動ハザード評価の高度化に関する調査・分析―米国SSHACガイドラインの適用に向けて」2016年7月 電力中央研究所報告 調査報告:O15008
https://criepi.denken.or.jp/jp/kenkikaku/report/download/QWlp5J6qglDSQZkjONm5eJTmvYInxMRl/O15008.pdf
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添田 孝史 (そえだ たかし)
サイエンスライター、元国会事故調協力調査員
著書に 『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判―福島原発事故の責任を問う
(ともに岩波新書)
刑事裁判傍聴記:第8回公判 「2年4か月、何も対策は進まなかった」
刑事裁判傍聴記:第7回公判 「錦の御旗」土木学会で時間稼ぎ
刑事裁判傍聴記:第6回公判 2008年8月以降の裏工作
刑事裁判傍聴記:第5回公判 津波担当のキーパーソン登場
刑事裁判傍聴記:第4回公判 事故3年後に作られた証拠
刑事裁判傍聴記:第3回公判 決め手に欠けた弁護側の証拠
刑事裁判傍聴記:第2回公判

2018年4月26日木曜日

高尾誠氏証人尋問報告(海渡雄一弁護士)

東電津波対策の要 高尾誠 証人尋問が終了

-指定弁護士側の立証の全貌が明らかに-


被害者参加代理人
弁護士 海渡雄一

 4月10日、11日、17日の3日間、第5回、第6回、第7回公判で東電の土木調査グループの津波対策の担当者であった高尾誠氏が証言した。その尋問内容をレポートしたい。

目次
第1 まとめ
第2 4月10日、11日の指定弁護士の主尋問
1 経歴
2 2002年当時の状況(土木学会津波評価技術と推本長期評価)
3 耐震バックチェックの開始
4 推本の長期評価をバックチェックで取り入れることとした根拠
5 柏崎原発の活断層隠蔽時の記者会見に同席
6 バックチェックの基準津波の計算の発注
7 計算結果の納入とバックチェックの中間報告
8 10メートル盤に10メートルの鉛直壁を立てたときの津波遡上高の計算
9 武藤本部長と各グループの面接
10 10月中に対策工事の検討を完了する
11 7月31日 武藤二次面接 「研究を実施しようで力が抜けた」
12 他社や専門家に対する説得作業
13 津波堆積物調査と進捗しない津波対策
14 GMとなり、津波対策ワーキングを立ち上げる
15 土木学会津波評価部会は房総沖で集約
16 保安院とのやりとりを武藤本部長に連絡
17 事故はショックだったと述べたが、被害者への謝罪の言葉は聞かれなかった
第3 弁護人による反対尋問及び主尋問(11日、17日)
第4 指定弁護士による再主尋問(17日)
第5 弁護人再反対尋問(17日)
第6 裁判官補充尋問(17日)

(PDF版はこちら)

2018年4月25日水曜日

刑事裁判傍聴記:第8回公判(添田孝史)

「2年4か月、何も対策は進まなかった」


 4月24日の第8回公判は、128人の希望者から抽選で選ばれた66人が法廷で傍聴した。
 この日の証人は酒井俊朗氏。酒井氏は、第5回から第7回までの公判で証言した高尾誠氏の上司だった。

 酒井氏は1983年に東電に入社。1986年に本店原子力建設部土木建築課に配属された。それ以降、組織改編で所属先の名前は「原子力技術・品質安全部土木グループ」「原子力設備管理部土木グループ」などと変わったが、ずっと原発の津波や活断層評価の仕事に携わってきた。2006年7月に土木グループを統括するグループマネージャーになり、事故前年2010年6月まで務めた。現在は電力中央研究所に所属している。

 酒井氏も、高尾氏と同じように、地震本部の長期評価(2002)に基づく15.7mの津波を想定する必要があると2007年段階から考えていたと証言した。原発の安全性を審査する専門家の意向を踏まえると不可欠というのが大きな理由だった。

 ところが慣例として、審査までには対策工事を終えていなければならない。大がかりな対策工事は目立つから、着手する段階で、新しい津波想定の高さを公表する必要がある。東電は運転を止めないまま工事したい。しかし従来の津波想定より約3倍も大きな値を公表した途端、「運転を止めて工事するべきではないか」と、当然住民は思う。それに対し、運転を続けながら工事しても安全だと説得できる理由が見つからない。

 そして、ずるずると数値の公表と対策実行は遅れた。酒井氏の証言で、そんな東電の社内事情が明らかにされた。
 「(15.7mが算出された)2008年3月から(担当を外れるまでの)2年以上、何も対策は出来ていなかったのではないか」という検察官役の渋村晴子弁護士の質問に、酒井氏は「私の知る限り対策の検討は進んでいない」と答えた。

 酒井氏は、「(津波対策の工事が必要になることは)120%確実だと思っていました」とも証言した。浸水で壊れた後に冷却再開するため、予備のポンプモーターを用意するなど暫定策が社内で挙げられていた証拠も示された。しかし、そんな簡単で安くて早い対策さえ、事故時まで何一つ実行されていなかった。

2018年4月24日火曜日

第8回公判期日 地裁前行動

今日は福島原発刑事訴訟の第8回公判期日です。
今回は4人目の証人の尋問が行われます。傍聴席を求めて128人が列を作りました。
また、永渕健一裁判長に宛てた「厳正な判決を求める署名」の第6回提出として、1,345筆を提出しました。これまでの合計は13,230筆となります。これからもまだまだ提出を続けていきます。署名のご協力をお願いいたします。

東京地裁前スピーチ(要約)

佐藤和良 福島原発刑事訴訟支援団長
 今日も朝早くから東京地裁にお集まり頂きありがとうございます。
 第5、6、7回公判と、前3回は東電の社員の高尾誠さんが証人でした。高尾さんは津波対策の実務を実質的に取り仕切っていた方で、震災前に東電が津波について、どこまで、何を予測し、どんな対応をしてきたのかを証言しました。
 高尾さんたち土木グループが、津波の対策をどうするか積み上げて、武藤副社長に決裁を仰いでいました。最終的な判断を2008年の7月31日に仰いだら、「研究をしよう」と言って土木学会に丸投げしてしまったために、高尾さんとしては「力が抜けてしまった」となってしまった。現場の実務担当者が心血を注いで、津波対策の工法までたどり着いたにもかかわらず、武藤副社長がひっくり返して、津波に対する対策が遅れ、実際に過酷事故を引き起こす被水を許してしまった。それは回避することもできたし、そのための工法も積み上げていたことが明らかになりました。
 今日からまたその関連で、東電関係者が証言していくのではないかと思います。津波に対する予見性があった、回避することもできたという事実が一つ一つ積みあがって、被告人らの罪が逃れえないというところまで持って行きたいと思います。
 7月までたくさんの期日が指定されました。傍聴は大変な作業です。皆さんどうか疲れを起こさないように、傍聴活動を頑張っていきましょう。

福島県郡山市 蛇石郁子さん
 今朝は4時半に起き、始発の新幹線に乗って来ました。本来だったら福島の地で裁判が行われるはずだったのに、なぜかと思います。
 前回の第7回公判は傍聴できました。添田孝史さんの傍聴報告が分かりやすいので読み込んできました。
 当たり前かもしれませんが、被告人の弁護士は被告人が有利になるような尋問をするので、聞き方が変だな、おかしいな、と思いながら傍聴をしました。
 まだまだ5月、6月、7月と裁判が続きます。事故の真相、何が起きていたのかが明らかになってきたので、事故の責任を被告人3人にはきちんと取ってもらいたいと思いながら、今回も傍聴に臨みたいと思います。皆さんと一緒にたたかっていきたいと思います。

福島県郡山市 橋本あきさん
 いまニュースになっている「もり・かけ」問題など見ていても、現場の職員は実直に一生懸命仕事をしているのだろうと思いますが、公判を傍聴していて、東電の現場の職員も自分の仕事を一生懸命しているはずなのに、上に行けば行くほど、ごまかしたり、隠したりという事になるという構造が見え見えになってきています。この日本の構造、アメリカ映画でもよくそういうものがありますが、そういう体制は何年経っても変わらないんだなと悔しく思っています。
 今後どういう展開になるかはわかりませんが、朝早くから参加している皆さんと一緒に最後まで頑張りたいと思います。

福島県郡山市 人見やよいさん
 郡山市から来た人見です。裁判所の皆さんもおはようございます。福島から来てますよ! ちゃんと聞いてくださいね!
 私も毎回傍聴しています。証人の東電社員の方も、しゃべればしゃべるほど、東電は事故の対策をしてこなかったんだということが、とても明らかになってきていると思います。専門家の意見を無視して、津波対策をしなかった。振り出しに戻した。色々なことが明らかになっています。
 私は、こういうことを一つ一つ積み重ねていったら、間違いなく有罪になると確信を持っています。裁判を傍聴するたびに、これは勝ったなと私の中で確信は大きく大きく膨らんでいきます。だって東電は対策をやっていなかった! これは罪に問われなければならないと思います。
 この罪を問えないと、対策をしなくていいんだという前例を作ってしまいます。配管に穴が開いていても再稼働できるというおかしな判断が起こっているのも、東電が罪に問われていないからだと思います。
 私は、この裁判を勝つことで、全国の、いいえ、全世界の原発を止めるんだという覚悟をもっていきたいと思います。これからも頑張りましょう。

福島県西郷村 菅野幸雄さん 
 裁判の傍聴に生涯で初めて入りました。一番の不思議は、法廷に入るのにボディチェックがあって、まるで私たちを悪者扱いしているようでした。裁判所に厳正で公正な裁判をしてほしいと要求しているところですが、このような、被害者が加害者のような扱いを受けている裁判そのものが、偏った裁判に繋がるのではないかと危惧しています。
 今朝、原発の新規稼働の申請が動き出しているというニュースを聞いて、なぜ、福島県民を犠牲にしながら、また他の地域の方々を危険へ進めるのかと、情けないことだと思いました。
 この裁判で、東電の不正を明らかにして、第二の福島県をつくらないような判決と未来を勝ち取りたいと思います。

2018年4月22日日曜日

第7回公判期日 公判併行集会

4月17日は福島原発刑事訴訟の第7回公判期日でした。
傍聴券を求めて早朝から170人が並びました。


11時より公判併行院内集会が開催されました。
午前の部は、土井敏邦監督映画『福島は語る』より、一部を上映。
午後の部は、放射性ゴミ焼却を考えるふくしま連絡会の和田央子さんより、「もうひとつの内部被ばく ~仮設焼却炉現場からの報告~」と題して報告がありました。



公判終了後は、弁護団からの報告、記者との質疑応答があり、団長のあいさつをもって閉会しました。
次回公判は4月24日(火)です。




2018年4月19日木曜日

刑事裁判傍聴記:第7回公判(添田孝史)

「錦の御旗」土木学会で時間稼ぎ


 4月17日の第7回公判は、希望者170 人から抽選で選ばれた65人が傍聴した。
 この日は、10日、11日に引き続き東電・高尾誠氏の3回目の証人尋問。弁護側の宮村啓太弁護士が反対尋問を続け、その後、検察官役の神山啓史弁護士らが再主尋問、さらに裁判官が質問した。

 高尾氏の証言を聞いていると、2007年以降の福島第一原発は、ブレーキの効かない古い自動車のようだった。
 ブレーキ性能(津波対策)が十分でないことは東電にはわかっていた。2009年が車検(バックチェック締め切り)で、その時までにブレーキを最新の性能に適合させないと運転停止にするよ、と原子力安全委員会からは警告されていた。ところがブレーキ改良(津波対策工事)は大がかりになると見込まれ、車検の日に間に合いそうにない。そこで「あとでちゃんとしますから」と専門家たちを言いくるめて車検時期を勝手に先延ばしした。「急ブレーキが必要になる機会(津波)は数百年に一度だから、切迫性はない」と甘くみた。

東京・JR四ツ谷駅近くの公益社団法人土木学会

 一方、お隣の東北電力や日本原電は車検の準備を2008年には終えていた。それを公表されると、東電だけ遅れているのがばれる。東電は「同一歩調を取れ」と他社に圧力をかけて車検を一斉に遅らせた。
 そして2011年3月11日。東電だけは予測通りブレーキ性能が足りず、大事故を起こした、という顛末だ。以下、細かくみていこう。

目次
土木学会を言い訳にしたのは東電だけ
長期評価の対策で事故は防げなかった? 
「運転停止」の可能性を恐れる
3回のまとめ

◯土木学会を言い訳にしたのは東電だけ


 宮村弁護士は「武藤氏は、福島沖でどんな津波を想定すべきか土木学会に審議を依頼した。2012 年10月にまとまる予定だったその結果が厳しいものであろうとも、それに従い、対策を行うことにしていた。その東電の方針に、多くの専門家から異論は出なかった」という事実を、当時の会合記録や高尾氏の証言から固めていった。
 権威ある学会に検討してもらい、その結果に素直に従って対策をとる。その進め方に専門家の同意も得た。ここだけ聞いていると、武藤氏は悪くなかったのではないかという主張も説得力を持つように見える。話がわかりやすく、喋り方も明瞭で、資料の使い方もうまい宮村弁護士の話に引き込まれると、ますますそう思えてくる。

 しかし注意深くみていくと、その論理はところどころ破綻している。

2018年4月12日木曜日

刑事裁判傍聴記:第6回公判(添田孝史)

2008年8月以降の裏工作


 4月11日の第6回公判は、希望者157人に対し傍聴できたのは68人だった。
 この日の証人は、前日に引き続き東電・高尾誠氏。検察官役の神山啓史弁護士が尋問を続け、さらに午後の休憩以降は、弁護側の宮村啓太弁護士が質問した。
 前日10日は、2007年11月から2008年7月31日の武藤元副社長が津波対策先送りを決めた「ちゃぶ台返し」までの動きが中心だった。この日の公判は、それ以降、事故発生までを中心に時系列に沿って尋問が続けられた。
 「ちゃぶ台返し」決定と同時に、もともとは2009年6月に終える予定だった津波対策を先延ばしするために、武藤氏の指示のもと、東電は様々な裏工作を開始する。安全審査を担当する専門家の同意をとりつける作業、他社が東電の先を行かないようにする調整、原子力安全・保安院との交渉などだ。検察が集めていながらこれまで公開されていなかった関係者の電子メールをもとに、数多くの新事実が明らかにされた。

◯「甘受するしかなかった」高尾氏
 この日の公判で、東電社内に2010年8月に設けられた「福島地点津波対策ワーキング」という組織の位置づけが初めて明確になった。このワーキングは、本店原子力設備管理部(吉田昌郎部長)のもとにある津波対策に関わる部署(高尾氏の所属する土木調査グループ(G)、機器耐震技術G、建築耐震Gなど)が参加して立ち上げられたものだ。なぜか政府事故調は「頭の体操的なもの」として役割を軽視していたが、高尾氏の証言した実態は大きく異なっていた。

 このワーキングは、まず2009年6月ごろに高尾氏が一度提案していたが、上層部に拒否されて断念していたのだという。2008年から検討されていた津波対策は、各部署がばらばらに海水ポンプや建屋の水密化などを検討していた。高尾氏は「全体がわかる人がキャップになって有機的に結びつけて検討する必要があると考えた」「将来的に対策工が必要になる可能性は高い。そのために早期に検討、工事を行う必要がある」としてワーキング構想の資料を作り、上司に進言した。
 しかし「そのような会議体は不要である」と上層部は拒否。高尾氏は「最適化されているように見えなかったので進言したが、しっかりやっていると拒否されたので、甘受するしかなかった」と証言した。
 一旦つぶされた構想を、高尾氏は2010年7月に自身がグループマネジャーに昇任したのち、ふたたび提案。そのころ直属の上司らも交代していたことも要因になったのか、今度は受け入れられてワーキングが発足した。

 「もし1年早く、最初の進言の時にできていれば」と、海渡雄一弁護士は記者会見で悔やんでいた。建屋やモーターの水密化などの対策はそれほど時間がかからないからだ。

 高尾氏は、武藤氏の指示のもと研究者への説得工作も行っていた。2008年10月ごろ、秋田大学の研究者に面談した際の記録には「長期評価の見解を今すぐ取り入れないなら、その根拠が必要でないかとのコメントがあった」「非常に緊迫したムードだったが、(東電の方針を)繰り返し述べた」と書かれていた。大組織のサラリーマンの悲哀を感じさせる記録だった。

◯東電の「貞観隠し」
この時期の東電「裏工作」で最も悪質なのは、先行する他社の津波想定を、自分たちの水準まで引き下げようとしていたことだろう。

 2008年秋に、東電は平安時代に発生した貞観地震(869年、マグニチュード8.4)の最新論文を入手した。津波堆積物を解析したこの論文は、貞観地震は福島県沖(地図の佐竹モデル8、佐竹モデル10)で起きたと推定していた。東電が論文に従って計算したところ、この地震による福島第一への津波高さは9m前後になり、原子炉建屋のある高さ10mの敷地には遡上しないものの、海岸沿いにある重要な非常用海水ポンプなどが水没して機能しなくなることがわかった。

 東電は「まだ研究途上で、どこで地震が起きたか確定していない」として、津波想定に取り入れないことを決め、東北電力など近くに原発を持つ電力会社に伝えた。ところが東北電力は、女川原発の津波想定に、この論文の成果を取り入れる方針を決めており、東電に同社が(報告書に)記載することは不都合でしょうか」と尋ねていた。
 これに対して東電は「同一歩調が当社としては最も望ましい。女川では(貞観津波を想定しないと)話にならないということであれば、あくまで「参考」として(保安院に)提示できないか」と東北電力に意見を伝えていた。

 結局、東北電力は貞観津波について東電の意見通り「参考」扱いに変えた。さらに報告書の提出を約1年以上遅らせた。提出遅れに東電が関与したかどうかは今のところ不明だ。

◯反対尋問と残った疑問
 宮村弁護士による反対尋問は、2002年の長期評価による津波地震の津波よりも、東日本大震災の時の津波が大きいから、長期評価に備えた対策では事故を防げなかったという従来の弁護側の主張に沿ったものだった。弁護側の主張を補強する新たな事実は示されなかった。

 残った疑問は、当初2009年6月とされていた津波想定の報告書提出が、2016年まで引き延ばされた経緯だ。これは高尾氏ら実務担当者の業務にも影響が大きいと思われるが、公判では触れられていない。次回公判や、今後証人として登場してくるであろう高尾氏の上司らの証言で、さらに解明が進むと期待している。

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添田 孝史 (そえだ たかし)
サイエンスライター、元国会事故調協力調査員
著書に 『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判―福島原発事故の責任を問う
(ともに岩波新書)





2018年4月11日水曜日

第6回公判 東京地裁前行動

今日は昨日に続き、福島原発刑事訴訟の第6回公判期日です。
昨日と同じく、東電の津波対策担当者の証人尋問があります。
裁判所も重要証人と考えており、次回の公判も同人の証人尋問が予定されているという事で、非常に注目される期日となります。
今日は傍聴席を求めて157人が列を作りました。


東京地裁前行動 スピーチ(要約)

福島県三春町 庄司郁子さん
 私はいわき出身の講談師、神田香織さんの「あきれ果ててもあきらめない」という言葉が好きで、いつも頭に浮かんできます。これからもしつこく、粘り強くいくことが大切だと思っています。次々に明るみに出てくる真実、前川喜平さんの言葉ではないですが、有ったことを無いことにはできない、それがきちんと司法の場で明らかにされることを望んでいます。
 先ほど、歴史的な場面に立ち会っているのだ、と話がありましたが、私たちの個の力、一人ひとりの力で実現していきたいと思います。どうかみなさまの力を貸してください。これからもよろしくお願いします。


埼玉県所沢市 宇野知左子さん
 私たちは勝手連的にですが、第二次告訴の時に告訴人になった仲間が、佐藤団長に所沢に来ていただいた集会の時、参加者満場一致で、福島原発裁判を支える会・所沢を結成させました。年配者も多いですが、こういう形で支援できるならと、裁判所前の集会に度々参加させていただいています。
 大体3か月に1回、河合弁護士監督の映画も全部やりましたし、おしどりマコ・ケンさんのトークもついこの間やりましたし、何かしら催し物をやり、そのたびに支援団の参加を呼び掛けました。福島の出身の仲間は福島弁で訴えかけています。相馬焼のお茶碗を出して、福島にはこんな素晴らしいものがあると訴えて。
 所沢で集めた会員はもう150人近くになります。これからもそのような形で支援団を広めていこうと思っています。どうぞみなさん一緒に頑張りましょう。


福島県田村市から避難 熊本美彌子さん
 私は福島県田村市から避難をしています。東京でも損害賠償裁判をやっていまして、先日判決が出ましたが、満足できるものではないので、控訴をしようという事で動いております。
 私たちの裁判にとってもこの刑事裁判は、とても重要な裁判だと思っています。昨日も一日傍聴しましたけれども、今日はいったいどういう展開になるだろうかと興味津々でまたやって参りました。みなさまほんとうにどうもありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。


福島県南相馬市から避難 山田俊子さん
 私は南相馬に田舎暮らしがしたくて行きましたが、4年もせずに避難することになってしまいました。
 私は、日本の豊かな国土を台無しにしてしまったというその事を、しっかりと東電や国に反省してもらいたい。100年や200年のことではないということをしっかりと反省してもらいたいと思って、今、刑事裁判の「厳正な判決を求める署名」活動を拡散しています。みなさんよろしくお願いします。



刑事裁判傍聴記:第5回公判(添田孝史)

津波担当のキーパーソン登場

 4月10日の第5回公判は、希望者165人に対し傍聴できたのは68人だった。
 この日の証人は東電の高尾誠氏。私が高尾氏の姿を見たのは6年ぶりだった。ずいぶん白髪が増えていたが、表情は以前よりすっきりした感じに見受けられた。武藤栄元副社長の津波対策先送りに「予想外で力が抜けた」とまで率直な証言をする、その覚悟を決めていたからだろうか。

 高尾氏は1989年に東電に入社。柏崎刈羽原発の土木課で4年働いたのち、1993年に本店原子力技術部土木調査グループに異動。その後は東通原発に勤務した期間(3年)をのぞいて、事故まで約15年間、本店の土木部門で津波や活断層の調査を担当していた。東電の津波対応の全てを知っている「最重要の証人」(海渡弁護士)である。今回を含めて計3回の公判期日が高尾氏の尋問にあてられていることからもわかる。
 公判は、検察官役の神山啓史弁護士の質問に高尾氏が淡々と事実関係を答える形で進められた。

◯長期評価が焦点
 焦点は、2002年7月に地震調査研究推進本部(地震本部)が発表した長期評価を、東電の技術者はどう考えていたかだった。この長期評価は、福島沖の日本海溝沿いでM8級の津波地震が起きうると予測していた。その津波高さを計算すると15.7mになる(第4回公判傍聴記参照)
 高尾氏の証言で明らかになった重要な事実は、津波想定を担当していた東電本店の土木調査グループの技術者たちは、2007年11月以降ずっと福島沖M8への対策が必要だと考えていたことだ。東電の事故調査報告書は「15.7mは試し計算である」として、本気では取り組んでいなかったかのような記述をしていたが、それは誤りであることがはっきりわかった。
 地震本部の長期評価を取り入れるべきだと考えた理由として、高尾氏は以下のような項目を挙げていた。
1.専門家へのアンケートで、長期評価支持が半数を超えていた
2.東通原発の設置許可申請で、長期評価を取り入れていた
3.地震本部は国の権威を持つ機関である
4.原子力安全・保安院で古い原発の安全チェックをする会合の主査である阿部勝征・東大教授(故人)が、長期評価を強く支持していた
5.確率論的な津波評価でも、敷地を超える津波が発生する確率は、対策が必要と判断される値だった

◯現場は一貫して「対策必要」
 高尾氏ら現場の技術者は、2007年11月からずっと対策の検討を進めていた。「対策を前提に進んでいるんだと認識していた」と高尾氏は証言した。それが2008年7月31日、わずか50分程度の会合の最後の数分で、武藤副社長から突然、高尾氏が予想もしていなかった津波対策の先送りが指示される。高尾氏は「それまでの状況から、予想していなかった結論に力が抜けた。(会合の)残りの数分の部分は覚えていない」と証言した。今回の公判のクライマックスだった。
 高尾氏の上司である酒井俊朗氏は、この日の結論について、他の電力会社に以下のようなメールを送っていた。

  推本《地震本部》で、三陸・房総の津波地震が宮城沖~茨城沖のエリアのどこで起きるか分からない、としていることは事実であるが、 原子力の設計プラクティスとして、設計・評価方法が確立しているわけ ではない。(中略) 以上について有識者の理解を得る(決して、今後なんら対応しないわけではなく、計画的に検討を進めるが、いくらなんでも、現実問題での推本即採用は時期尚早ではないか、というニュアンス)。   以上は、経営層を交えた現時点での一定の当社結論となります。 
 
 11日以降の公判で、この「有識者の理解を得る」ために東電が何をしたかが明らかになるだろう。

◯浮かび上がった疑問
 公判を聞いていて、いくつか疑問が浮かんだ。東電は、他の電力会社とも連絡をひんぱんに取り合っていたことがこの日の公判で示された電子メールで明らかになった。それによると2008年7月時点で、東北電力はバックチェック最終報告書を2008年12月に予定していた。ところが実際には2010年春まで延ばされ、報告書も公開されなかった。この背景に、東電が津波想定を先延ばしたことがあるのではないのだろうか。東北電力が先行して最終報告を出すことに、東電が抵抗したのではないかということだ。東北電力が先にだせば、東電が高い津波の対策ができず最終報告を先延ばししていることが明らかになってしまうからである。
 もう一つは、東北大学・今村文彦教授の意見が変わってしまったことだ。今村教授は、原発の安全審査にかかわる津波の専門家として、東電も重く見ていた。2008年2月26日に高尾氏が面談した時は、「福島県起き海溝沿いに大地震が発生することは否定できないので波源として考慮すべきであると考える」と話していたと、公判で示された東電の記録でわかった。またアンケートでも、長期評価を支持する方に多くの重みを置いていた。  しかし住民らが東電や国を訴えている集団訴訟に、今村教授が出した意見書では「福島県沖の日本海構沿いでも発生することを想定した津波対策をすべきであったとはいえない」と述べている。今村教授はいつ、考えを変えたのだろうか。これも今後の公判で解明を期待したい。

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添田 孝史 (そえだ たかし)
サイエンスライター、元国会事故調協力調査員
著書に 『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判―福島原発事故の責任を問う
(ともに岩波新書)

2018年4月10日火曜日

第5回公判 東京地裁前行動

今朝は、福島原発刑事訴訟の第5回公判の傍聴券を求めて、165人が並びました。
告訴団と支援団は、8時20分から東京地裁前でアピール行動を行いました。


東京地裁前スピーチ(要約)


佐藤和良 福島原発刑事訴訟支援団 団長
 今日の公判は、証人尋問が行われるということです。これから審議が集中して行われます。傍聴の参加も大変ですので、ご都合のつくときに参加してください。より多くの方に福島原発事故の現実を知って頂いて、なぜこの福島原発事故が起きたのか、その原因と事実の真相を明らかにしていきます。

 これまで第1回から第4回まで裁判が開かれました。業務上過失致死傷罪で、勝俣・武藤・武黒と東電元幹部が強制起訴されましたが、きわめてシンプルな事件だと思います。地震津波によって過酷事故が起こると知りながら、回避措置をせず原発事故に至ってしまったという、きわめてシンプルなものです。
 この裁判が2012年の告訴団の告訴によって、ようやくここまで来たという事の意味は、とても大きいと思います。あの1万5千人余の告訴・告発がなかったなら、福島原発事故の真相も明らかにされず、誰一人としてこの事故の責任を問われることがなかったのです。

 いま、国会で森友・加計問題、自衛隊日報問題、いろいろな問題が出てきていますが、結局は、この国が法治国家ではなく人治国家となり、安倍首相による安倍首相のための国家に成り下がってしまっています。この国の行政機構も官僚も、今こそ自らの襟を正して、国民のために奉仕する全体の奉仕者として、自らの役割というものを再確認して出直してもらいたいと思います。

 司法もまた同じだと思います。検察は、最後の段階で東京地検が不起訴にしました。しかも、この4回の公判で明らかになったように、地震津波が太平洋から全面に渡って押し寄せるシミュレーションもあったのに、東京地検は、茨城県方面の南部から来る津波しか想定できなかったと不起訴にしたのです。なぜ、このような誤った理由で不起訴にしたのか、いままた問われなければなりません。森友・加計問題、自衛隊日報問題、これらと同じような根っこが、司法や検察の動きの中にも見て取れるのではないでしょうか。

 そういう意味で、この裁判はこの国のあり方の根っこを変えていくための大事なたたかいです。そういう裁判でもあるという認識を新たにして、また明日、27日、5月には4回、6月も4回と、たいへんですが、みなさん体を壊さないよう、この場に駆け付けていただいて、公判闘争をみんなでたたかっていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。今日また一日、みなさん、頑張っていきましょう。



いわき市 斎藤春光さん
 最近、被災地では、命と暮らしが失われる例が露見してきています。毎朝、訃報を確認しますが、いわきへの避難者の方がここで亡くなる、そういう高齢者が毎日見られます。こういう人はかなりいます。被災自治体の職員も、被災の事務処理に疲れ果て、地元住人から文句を言われ、自分も被災者でありながら住民の救済をしなければならないとストレスに追い込まれ、職場に出られなくなってしまうような、そういう事例はたくさんあります。今も続いています。

 原発労働者は給料を中抜きされています。下請け構造がどうのこうのと言われますが、そういうことではなく、東電が直接払えばよいことです。東電が責任をあいまいにし、こういう構造を自身のために利用しています。諸悪の根源は東電です。
 被災者は生活を奪われ、住居を奪われ、今の住処から追い出されようとしています。
避難者は20ミリシーベルトという基準を押し付けられ、帰還を強制されているのです。被災者は泣いています。

 一方で加害者の東電の三被告人、最初は痩せてげっそりしていたが、第4回公判では、色つやもよく、大変元気なようです。加害者がほくそ笑む、こういう現状は何としても許せません。こういう現状を打破するために、加害者に責任を取らせるために、みんなで力を合わせて頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。

2018年4月9日月曜日

4月10日・11日と連日の公判です!

4月10日は第5回公判、11日は第6回公判と、二日連続で公判が開かれます。
証人尋問が予定されているそうです。
公判は10時~17時、傍聴整理券配布時間は8:20~9:00です。
10日・11日は公判併行の集会はありません
裁判終了後に、報告会のみを開催します。

■4月10日 第5回公判期日 10~17時
 ○傍聴整理券配布時間 8:20~9:00
 ○東京地裁前行動 8:20~8:30
 ○裁判終了後の報告集会
  ・開始時刻未定(裁判終了後に開会)
  ・会場 参議院議員会館 101

■4月11日 第6回公判期日 10~17時
 ○傍聴整理券配布時間 8:20~9:00
 ○東京地裁前行動 8:30~8:40
 ○裁判終了後の報告集会
  ・開始時刻未定(裁判終了後に開会)
  ・会場 参議院議員会館 102

第7回以降の 公判期日予定

【4月】17日(火)、24日(火)、27日(金)
【5月】8日(火)、9日(水)、29日(火)、30日(水)
【6月】1日(金)、12日(火)、13日(水)、15日(金)
*開廷10時~閉廷17時頃
色つきの日は、公判併行集会を開催します。
*傍聴整理券配布時刻は未定ですがおそらく8時20分~9時頃と思われます。
 裁判所HPでご確認ください。判明しましたら当ブログでもお知らせいたします。