2018年5月18日金曜日

福島原発刑事訴訟中間報告(海渡弁護士)

東電福島原発刑事訴訟中間報告(第9回公判まで)

東電の津波対策担当社員と管理職の尋問が終了
津波対策は不可避であった


海渡 雄一 (福島原発告訴団弁護団)

    目次
    第1 第2回公判 東電社内事故調責任者・広報担当の上津原勉証人は防潮堤の工事は可能と証言
    第2 第4回公判 技術者の良心と気概を示した東電設計の久保賀也証人の証言
    第3 第5~7回公判 土木調査グループで津波対策を進めようとした高尾誠課長
    第4 第8・9回公判 土木調査グループGM酒井俊朗氏の証言のポイント
    第5 参考文献
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2018年5月11日金曜日

刑事裁判傍聴記:第11回公判(添田孝史)

多くの命、救えたはずだった

絵:吉田千亜さん

 5月9日の第11回公判には、証人として島崎邦彦・東京大学名誉教授が登場した。
 島崎氏は1989年から2009年まで東大地震研究所教授。また、政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が1995年に創設されてから2012年まで17年間にわたって地震本部の長期評価部会長で、その下部組織である海溝型分科会の主査も務めていた。政府として公式に地震リスク評価を公表する仕組みをつくり、普及させてきた中心人物だ。

  そして、2012年から14年までは初代の原子力規制委員会委員長代理として、地震や火山の規制基準づくりも手がけた。地震リスク評価の第一人者というだけでなく、それに電力会社がどう対応するのか、という電力業界の実態にも詳しい。

 島崎氏は、この日の公判では検察官役の久保内浩嗣弁護士の質問に答えて、主に以下の三つの項目について証言した。
  1. 長期評価の詳しい内容と、とりまとめの経緯。長期評価の報告書や、会合の議事録を読み解きながら、前回の公判で長期評価の事務局を務めていた前田憲二氏が説明した内容を、さらに詳しく説明した。
  2. 長期評価の信頼性について。長期評価(2002)は、「三陸沖北部から房総沖の海溝寄り」の領域のどこでも、マグニチュード8.2前後の地震が発生する可能性があり、その確率が今後30年以内に20%程度と予測した。この評価について、信頼度は「発生領域 C  地震の規模 A  発生確率 C 」とされているが、その意味を解き明かした。
  3. 長期評価の公表に圧力がかかったり、発表が延期されたりした不可思議な事件。島崎氏は推測であると断った上で、「原子力に関係した配慮があったに違いない」と述べた。
それぞれ、もう少し詳しく見ていこう。

◯複数の専門家で「もっとも起きやすい地震」評価

島崎氏は、長期評価がさまざまな分野の研究者の議論でまとめられた過程を説明した。地震の観測、得られた地震波の解析、古文書から歴史地震を読み解く、GPSを使った測地学、地質学、地形学、津波などの領域の研究者たちが関わる。独自性を尊ぶ研究者たちは、本来みな考え方が違う。その意見を最大公約数的にとりまとめ、「最も起きやすそうな地震を評価してきた」と島崎氏は述べた。

 長期評価(2002)は、主に地震本部の海溝型分科会で、2001年10月(第7回)から2002年6月(第13回)にかけて議論された。その様子が記録された「論点メモ」を法廷でスクリーンに映しだし、長期評価がまとめられていく過程が細かく説明された。

◯信頼度は「数値に幅がある」という意味

久保内弁護士と島崎氏は、長期評価で使われる「信頼度」という用語についても、はっきりさせていった。
長期評価(2002)による「三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)」の信頼度は、

発生領域の評価 C
規模の評価   A
発生確率の評価 C

とされていた(*1)
 一方、南海トラフの地震は三項目ともAだ。
 「南海トラフと比べて、対策は抑制的で良いということか」という久保内弁護士の質問に、島崎氏は「不適切です」と断言し、こう説明した。

 「地震が起こることに違いはありません。たとえば発生確率の『信頼度』がCというのは、数値に誤差が大きいということ。確率20%は、本当は10%〜30%かもしれないということ。十分、注意しなければならない大きさです。当然、備える必要があることを示しています」

 発生確率の信頼度は、地震発生が予測される領域でこれまで何回地震が発生した記録があるかで決められる。前日に開かれた公判でも、証人の前田憲二氏は、「発生確率の信頼度は、地震発生の切迫度を表すのではなく、確率の値の確からしさを表すことに注意する必要がある」 (*2)という長期評価の注意書きについて強調していた。今後の公判でも、「信頼度」と「切迫性」の区別は、注意する必要がありそうだ。

◯不可解な三つの事件、原子力への「配慮」?

島崎氏は、長期評価をめぐる三つの不可解な事件についても証言した。
最初の事件は、長期評価(2002)が公表される6日前、2002年7月25日に起きた。内閣府の参事官補佐(地震・火山対策担当)から、長期評価の事務局を務めていた前田氏に、「今回の発表を見送れ」という、以下のようなメールが届いたのだ。

三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について、内閣府の中で上と相談したところ、非常に問題が大きく、今回の発表は見送り、取り扱いについて政策委員会で検討したあとに、それに沿って行われるべきである、との意見が強く、このため、できればそのようにしていただきたい。
これまでの調査委員会の過程等を踏まえ、やむを得ず、今月中に発表する場合においても、最低限表紙を添付ファイルのように修正(追加)し、概要版についても同じ文章を追加するよう強く申し入れます。

地震本部の事務局は、内閣府と何度もやりとりをした後に、内閣府の「申し入れ」に従って、以下の文言を長期評価の表紙に入れることを決めた。

 なお、今回の評価は、現在までに得られている最新の知見を用いて最善と思われる手法により行ったものではあるが、データとして用いる過去地震に関する資料が十分にないこと等のため評価には限界があり、評価結果である地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には相当の誤差を含んでおり、決定論的に示しているものではない。
 このように整理した地震発生確率は必ずしも地震発生の切迫性を保障できるものではなく、防災対策の検討に当っては十分注意することが必要である。

この文言を入れることを前田氏からメールで知らされた島崎氏は、「科学的ではないのでおかしいと思って、前田氏の上司の担当課長に電話して、文言を付け加えるぐらいなら出さない方がいい、反対ですと伝えたが、けんか別れに終わった」と証言した。
内閣府からのメールについては、前田氏自身も「公表の直前だったので面食らった」と証言している。

◯中央防災会議は福島を軽視した

中央防災会議が想定した津波の原因となる地震の震源域。
福島沖以南の津波地震は想定から外されている。
二つ目の事件は、2004年に起きた。「三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのどこでも津波地震が起きうる」という長期評価を、中央防災会議(事務局・内閣府)が採用しなかったのだ(*3)

 島崎氏は「中央防災会議は、(長期評価と)真逆の、誤った評価で防災計画をすることを決めた」と証言。中央防災会議が長期評価を尊重しなかった理由について、「原子力に関係した配慮があったのではないか」という推測を述べた。「長期評価によれば、(三陸沖から房総沖にかけての)原子力施設は、どこでも10mを超える津波対策を取らないといけない。これが中央防災会議で決まったら大変で、困る人がいる」という理由だ。

 結局、中央防災会議は、福島沖の津波地震を「過去400年間起きていないから、そこで起きると保障できない」として対策から外した。一方で、首都直下地震については、過去に起きた記録のないプレート境界の領域にも震源を想定し、対策を検討してきた(*4) 。そのような違いがあったことを中央防災会議の専門委員でもあった島崎氏は明らかにし、こう証言した。「長期評価に従って防災を進めておけば、18000有余の命はかなり救われただけでなく、原発事故も起きなかったと私は思います」。

◯大地震の2日前、警告できたかもしれない

三つ目の事件は、2011年3月9日に予定されていた長期評価第二版の発表が、同年4月に延期されてしまったことだ。島崎氏は同年2月に「自治体と電力会社に事前説明したい。4月に延期したい」と地震本部事務局から連絡を受けた。

 第二版には、2005年以降に仙台平野や、福島第一原発から5キロ離れた浪江町などで見つかった津波堆積物調査の成果が反映され、新たな地震の警告が加えられていた。以下のような記述だ。

 宮城県中南部から福島県中部にかけての沿岸で、巨大津波による津波堆積物が過去2500年間で4回堆積しており、そのうちの一つが869年の地震(貞観地震)によるものとして確認された。最新は西暦1500年頃の津波堆積物で、貞観地震のものと同様に広い範囲で分布していることが確認された。これらの地域では、巨大津波が複数回襲来したことに留意する必要がある。

「本来なら3月9日夜のテレビと10日の朝刊に、内陸3〜4キロまで達する津波の警告が載ったでしょう。11日の地震で『ひょっとしてあれか』と思って、何人かの方は助かったに違いない。なんで4月に延期したのか、自分を責めました」。島崎氏は証言台で声を詰まらせた。

 本来の発表予定だった3月9日の6日前、地震本部の事務局は、ほぼ完成していた長期評価第二版を東京電力、東北電力、日本原電の3社に見せていた。その場で、東電の担当者は「貞観地震が繰り返し発生しているかのようにも見えるので、表現を工夫していただきたい」と要望。地震本部事務局の担当者はこれに応じ、島崎氏ら委員に無断で、修正を加えていた(*5)
 公開前に電力会社に見せて修正の機会を設けたことと、発表延期に関係があるのかは、明らかになっていない。


*1 プレートの沈み込みに伴う大地震に関する長期評価の信頼度について(2003年3月24日)https://www.jishin.go.jp/main/chousa/03mar_chishima/kaisetsu.pdf
*2 地震本部地震調査委員会「千島海溝沿いの地震活動の長期評価について」2003年3月24日  p.15  注4 https://www.jishin.go.jp/main/chousa/kaikou_pdf/chishima.pdf
*3 添田孝史『原発と大津波 警告を葬った人々』岩波新書(2014) p.63〜68
   中央防災会議「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」2006年1月http://www.bousai.go.jp/kaigirep/chuobou/senmon/nihonkaiko_chisimajishin/pdf/houkokusiryou2.pdf
*4 中央防災会議「首都直下地震対策専門調査会報告」2005年7月http://www.bousai.go.jp/kaigirep/chuobou/senmon/shutochokkajishinsenmon/pdf/houkoku.pdf
*5 経緯は、以下の文献に詳しい。
橋本学・島崎邦彦・鷺谷威「2011年3月3日の地震調査研究推進本部事務局と電力事業者による日本海溝の長期評価に関する情報交換会の経緯と問題点」『日本の原子力発電と地球科学』日本地震学会モノグラフ2015年3月、p.34
http://www.zisin.jp/publications/pdf/monograph2015.pdf
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添田 孝史 (そえだ たかし)
サイエンスライター、元国会事故調協力調査員
著書に 『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判―福島原発事故の責任を問う
(ともに岩波新書)

刑事裁判傍聴記:第10回公判 「長期評価は信頼できない」って本当?
刑事裁判傍聴記:第 9回公判 「切迫感は無かった」の虚しさ
刑事裁判傍聴記:第 8回公判 「2年4か月、何も対策は進まなかった」
刑事裁判傍聴記:第 7回公判 「錦の御旗」土木学会で時間稼ぎ
刑事裁判傍聴記:第 6回公判 2008年8月以降の裏工作
刑事裁判傍聴記:第 5回公判 津波担当のキーパーソン登場
刑事裁判傍聴記:第 4回公判 事故3年後に作られた証拠
刑事裁判傍聴記:第 3回公判 決め手に欠けた弁護側の証拠
刑事裁判傍聴記:第 2回公判


2018年5月9日水曜日

刑事裁判傍聴記:第10回公判(添田孝史)

「長期評価は信頼できない」って本当?

5月8日の第10回公判は、気象庁の前田憲二氏が証人だった。前田氏は2002年から04年まで文部科学省に出向し、地震調査研究推進本部(地震本部)の事務局で地震調査管理官として長期評価をとりまとめていた。
前田氏はその後、気象庁気象研究所地震津波研究部長などを歴任。04年から17年までは地震本部で長期評価部会の委員も務めていた。地震の確率に関する研究で京大の博士号も持つ「気象庁の地震のプロ」である。
絵:吉田千亜さん

◯「長期評価」は阪神・淡路大震災がきっかけ

公判では、検察官役の神山啓史弁護士と前田氏のやりとりで、「地震本部とは何か」「地震本部はどんなプロセスで長期評価をまとめるのか」などを一から明らかにしていった。長期評価は、2008年に東電が計算した15.7mの津波予測のもとになっている。この裁判で、もっとも土台となる事実の基礎固めをする証人だった。

 前田氏は、「1995年の阪神・淡路大震災で6千人を超える死者があった。課題の一つは、学者の間では関西でもいつ大地震が起こってもおかしくないというのが常識だったのに、一般市民には伝わっておらず、認識のギャップがあったことだ」と説明。その解決策として、地震本部、そして長期評価の仕組みが作られたと述べた。

 「研究者がまちまちに明らかにしていた研究成果を、国として一元的にとりまとめる。地震防災対策を政府や民間にしてもらうため、危険度を出すのが長期評価の目的」と話した。

◯三段階で熟議する長期評価

長期評価のとりまとめ方も念入りだ。前田氏によると、裁判で焦点となっている長期評価「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(2002年7月31日)(*1) の場合、
  1. 地震本部の海溝型分科会でたたき台をつくる。この分科会には、海で起きる地震に詳しい大学や国の研究機関の研究者ら13人が集まり、月1回程度会合を開いている(人数は2002年7月当時、名簿は文末の*2参照 )。
  2. 分科会で作成された案は、さらに地震本部長期評価部会に上げられ、もう一度議論される。長期評価部会のメンバーは12人、こちらも月1回程度開催される。
  3. ここで練られた案は、さらに上部組織である地震本部地震調査委員会(15人)が見直し、検討する。
という3段階で多数の研究者が議論してまとめられた。その結果、長期評価(2002)では、「三陸沖北部から房総沖の海溝寄り」の領域(地図参照)のどこでも、マグニチュード8.2前後の地震が発生する可能性があり、その確率が今後30年以内に20%程度と予測した。1896年の明治三陸地震、1611年の慶長三陸地震、1677年の延宝房総沖地震という三つの津波地震がこの領域で起きていることから、海底が同じ構造になっている福島沖でも同様に発生する可能性があると考えられたからだ。

 「どこでも起きるという評価は、全員一致で承認されたのか」という神山弁護士の質問に、前田氏は「そうですね。はっきり意見が出されて紛糾してはいない」と答えた。

 長期評価(2002)は、2011年3月の東日本大震災直前に改訂作業が進められていたが、その案でも、「どこでも起きる」という評価は見直されていなかった。また東日本大震災の発生後に改訂された長期評価第2版(2011)でも、変わっていない。公判で明らかにされたその事実からも、この評価が揺らいでいないことがわかる。


◯「不都合なデータ」も考慮した

弁護側の反対尋問は、岸秀光弁護士が主に担当した。岸弁護士は、「1677年の地震は海溝寄りの領域で発生したものではない」「1611年の地震の発生場所は定かではない」「海溝寄りの領域でも北部と南部では微小地震の起き方が異なる」などのデータがあったことを取り上げ、長期評価は不確実で信頼度が低かったのではないかと問いただした。

 前田氏は、海溝寄りの領域については、同じ地震が同じ場所で繰り返し起きているというデータは無いので、他の領域とは評価の性質に異なる特徴があると説明。そして、岸弁護士が挙げたデータも地震本部の議論で取り上げているものの、それでも結論を覆すだけの根拠にはなっていないと答えた。

 長期評価の信頼度に関しては、東電や国を被告とする民事訴訟でも同じような議論が、すでに何年も繰り返されている。それを超える「オー」と思わされるような新たな事実や論点は、今回の公判では弁護側から出てこなかった。


*1 https://www.jishin.go.jp/main/chousa/kaikou_pdf/sanriku_boso.pdf
*2 https://jishin.go.jp/main/chousa/05mar_yosokuchizu/shubun-4.pdfのp.114以降
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添田 孝史 (そえだ たかし)
サイエンスライター、元国会事故調協力調査員
著書に 『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判―福島原発事故の責任を問う
(ともに岩波新書)
刑事裁判傍聴記:第9回公判 「切迫感は無かった」の虚しさ
刑事裁判傍聴記:第8回公判 「2年4か月、何も対策は進まなかった」
刑事裁判傍聴記:第7回公判 「錦の御旗」土木学会で時間稼ぎ
刑事裁判傍聴記:第6回公判 2008年8月以降の裏工作
刑事裁判傍聴記:第5回公判 津波担当のキーパーソン登場
刑事裁判傍聴記:第4回公判 事故3年後に作られた証拠
刑事裁判傍聴記:第3回公判 決め手に欠けた弁護側の証拠
刑事裁判傍聴記:第2回公判


2018年5月2日水曜日

酒井俊朗氏の証言のポイント (海渡弁護士)

土木調査グループGM(部長)酒井俊朗氏の証言のポイント


被害者参加代理人 海渡雄一

1 はじめに
 第8回、第9回公判が4月24日、27日に開かれ、東京電力の土木調査グループのGM(ジェネラル・マネジャー)であった、酒井俊朗氏が証言した。詳細な証言の内容は、大河陽子弁護士から報告する予定であるが、先に証人調べを実施した高尾誠証人と対比した、証言のポイントを簡略にまとめておきたい。

2 長期評価に基づく津波対策の必要性を上司や他グループに説明
 酒井氏は、推本の長期評価を取り入れた津波対策の必要性を2007年11月頃から検討を始め、2008年1月には、土木調査グループとして、バックチェックにおける基準津波高について、推本の長期評価に基づいて明治三陸沖のモデルを福島沖に置いたモデルでの津波高の計算の依頼を東電設計に行い、この発注には吉田昌郎原子力設備管理部長の了解を取りつけ、この承認書は他の対策工事を行うグループのGMにも共有したことを説明した。

 酒井氏は、推本の長期評価については、なぜどこでも津波地震が起きるのかの根拠が書かれておらず、日本海溝沿いのプレート境界の構造について南北での構造の違いを指摘する専門家の見解も存在したので、根拠が明確ではないと考えていたが、2008年2月頃に高尾氏が、見解を聞きに行った際に、保安院の審査に当たる専門家である東北大学の今村文彦氏が推本の長期評価を取り入れるべきであると言っていることなどを聞き、推本の見解を取り入れなければ、耐震バックチェックで保安院の了解を得ることは難しいと考え、社内の他の部署や上層部を説得しなければならないと考えたと述べた。

 確かに2008年2月当時から、酒井氏は「津波対策を中間報告に入れるかどうかではなく、きちんとした対策がとれるかが問題だ。」「詳細計算をすれば、津波の高さは高くなる。」「地域に説明しなければ津波工事はできない」「地元説明はセンシティブな問題となる」「(津波の予測高さとその対策を公表すれば、)地元から停止を求められることもあり得る」などの発言やメールが記録されている。
 そして、早急に対策を講じなければ、計算結果を公表した段階で、自治体等の対応により、炉の停止に追い込まれるという危機感を持っていたことを認めたといえる。

3 武藤副本部長に説明
 酒井氏は、津波対策を取ることについて社内を説得しなければならないと考え、当時の上司であった吉田部長とよく本店の喫煙室で会ったときに相談し、6月に武藤元副社長に報告することになったと証言した。

 そして、2008年6月10日に津波対策を進言した時点では、高尾証人と同じく、その年の秋には津波対策工事の概略案を土木調査グループで確定し、他の土木建設、建築や耐震技術などのグループに引き取ってもらい、津波対策工事を進めようという考えであったことを認めた。

 この過程で、南の延宝房総沖に波源を移して、津波の規模を小さくする方向や、詳細なパラメータースタディを実施しないという考えも出されたが、いずれも、保安院のバックチェックの審査の過程で、明治三陸沖を波源とし、詳細なパラメータースタディを行うという、より厳しい想定をとらない理由の説明を求められると、説明ができず、対策の練り直しを迫られるリスクがあり、高尾氏の提案に同意したと証言した。このように7月31日までの対応については、力点の置き方は違っても、津波対策の早期実施が必要であると考えていた点では、酒井氏と高尾氏の証言は重なり合うものであった。

4 私の予測する経過とは違っていたが、それなりの合理性はあると考えた
 しかし、7月31日の二度目の武藤氏との会議の受け止め方は高尾氏とは対照的であった。高尾氏は、津波対策の実施に前のめりになっていたので、「力が抜けてしまい、その後の会議内容の記憶がない」と証言し、対策をとらないという結論が予想外のものであったことを示唆したが、酒井氏は、武藤元副社長とのやりとりを克明に記憶していた。

 すなわち、この日の会議では、酒井氏が主として説明に立ち、高尾氏は確率論の部分の説明を担当した。武藤氏は「波源の信頼性が気になる。第三者にレビューしてもらう。」と述べ、酒井氏は、「明治三陸沖の波源は信頼性はないが、安全側で使っている」と答えた。武藤氏は「外部有識者に頼もう」と述べ、酒井氏は、「土木学会しかない」と答えた。この日の結果は自分の想定とは違った。それで、酒井氏は、「第三者に頼んでいては、バックチェックには間に合いませんよ」と武藤氏に述べた。武藤氏は、「有識者の方々に、東電として対策をとらないわけではない。バックチェックは土木学会津波評価で行うが、対策が必要となれば、きちんと実施すると説明して理解を求めてくれ」と応じ、酒井氏は、これに同意したというのである。

5 武藤氏の指示は時間稼ぎだったことを認めた
 この日の結論が酒井氏にとっても、予想外であったことは、すぐに酒井氏が東北電や日本原電に、津波対策の方針が変更になったことを知らせていることからもわかる。

 また、2008年8月18日の酒井氏の高尾氏らに向けたメールには、貞観の津波に関連して、「貞観地震のモデル化について、電共研でさらに時間を稼ぐのは厳しくないか」などの記載もあり、武藤氏の示した方針が「時間稼ぎではないか」と渋村指定弁護士に問われて、「時間稼ぎと言われれば、時間稼ぎだったかもしれない」と認めた。

6 南北の構造の違いを考慮しても、津波高が2メートルしか下がらないことは2008年8月に判明していた
 酒井氏は、「私も推本の長期評価は信頼性が低いと考えていた。武藤氏の対策先送りの判断は、津波対策を進めるべきだという自分の考えとは違っていたが、それなりに合理性があると感じた」と証言した。しかし、推本の長期評価について、酒井氏が問題にした点は、北部と南部がプレートの構造が違うと言うことだけであり、福島沖で津波地震が起きないことを示す知見などはなく、南側の延宝房総沖野波源で計算しても、13.6メートルとなることは2008年8月には東電設計への追加計算の委託によって分かっており、仮に土木学会で検討を続けても、これ以上想定津波が下がる見通しのないことははっきりとしていたのである。対策をとらずに放置しておいて良い状況でなかったことは明らかである。

7 30年間に20パーセントの事象は原子力安全の世界では切迫したもの
 酒井氏は、「東海、東南海、南海地震のように切迫感のある公表内容ではなかったので、切迫感を持って考えていなかった」と証言した。しかし、推本の長期評価では、この領域での地震の発生確率は今後30年間に20パーセントとされており、1万年から10万年に一度の自然災害に確実に対応していくという原発に求められる安全レベルからすれば、極めて確率の高い事象であったといえる。これに対して、対応をとることなく、運転を続けたことが過失を構成することは明らかである。

2018年5月1日火曜日

海渡弁護士 論説 高尾誠証言を終えて

耐震バックチェック最終報告の延期をめぐる、

保安院と原子力安全委員会と東電の間の

実情を解明することが必要である

被害者参加代理人 海渡雄一

内容

はじめに
1 新指針の早期策定の引き金は志賀判決
2 伊方最高裁判決は基準の合理性の判断基準は現在の科学技術水準とした
3 推本の長期評価が「現在の科学技術水準」を示すものであることは明らかであった
4 バックチェックの位置づけの限界
5 保安院指示に屈した安全委
6 安全委による電力への強い指示
7 2006年の保安院が持つ二面性
8 安全委の見解を鵜呑みにした浜岡原発静岡地裁判決
9 新潟県柏崎刈羽原発はバックフィットになっていた
10  福島第一原発の耐震バックチェックの遅れの原因は不明
11  運転を継続する以上原発の安全対策はどれも緊急で切迫したものである

(PDF版はこちら)

はじめに
高尾誠証人は、主尋問では、地震調査研究推進本部(以下、「推本」)の長期評価に基づく津波対策は必要だと考えていたと述べ、これを進言した2008年7月31日の2回目の会議で、武藤栄被告人が「研究を実施しよう」と述べて津波対策の実施を受け容れなかったとき、力が抜けてその後の武藤被告人の言葉を覚えていないと証言した。これに対して反対尋問では、津波対策は必要だと考えていたが、津波対策が切迫性のあるものとは考えていなかったとも証言した。この証言は、鋭く矛盾するものといえるが、福島原発事故刑事訴訟において、津波対策が現実に求められていたのだと言うことを理解するには、2006年から開始されていた耐震バックチェックの意味を正確に理解する必要がある。

2018年4月28日土曜日

刑事裁判傍聴記:第9回公判(添田孝史)

「切迫感は無かった」の虚しさ

4月27日の第9回公判は、前回に引き続いて、津波評価を担当する本店原子力設備管理部土木グループ(2008年7月からは土木調査グループ)を統括していた酒井俊朗氏が証人だった。
手足を組み、リラックスした様子で証言する酒井俊朗氏
絵:吉田千亜さん

 裁判官とこんなやりとりがあった。
裁判官「早急に対策を取らないといけない雰囲気ではなかったのか」
酒井「東海、東南海、南海地震のように切迫感のある公表内容ではなかったので、切迫感を持って考えていたわけではない」
裁判官「15.7mが現実的な数字と考えていたわけではないのか」
酒井「原子力の場合、普通は起こり得ないと思うような、あまりに保守的なことも考えさせられている。本当は、起きても15mも無いんじゃないかとも考えていた」

 高い津波は、切迫感がある現実的なものとは認識していなかった。だから罪はない、と主張しているように聞こえた。

 東電幹部が乗用車の運転をしていて、それによる事故の責任を問われているならばこの論理も説得力を持つだろう。しかし責任を問われているのは、原子力発電所の「安全運転」についてだ。事故の死者は交通事故の数万倍になる可能性もあり、東日本に人が住めなくなる事態さえ引き起こすのである。はるかに高い注意義務がある。

 そのため、普通は起こり得ないようなことまで想定することが原発の設計では国際的なルールになっている。具体的には、酒井氏が説明したように、10万年に1回しか大事故を引き起こさないように安全性を高めなければならない。
 数十年間の運転中に起きる確率は低いから、その津波に切迫性は無い。あるいは、これまで福島沖で発生したことは過去400年の文書には残っていないから現実感は無い。そんな程度では、高い津波にすぐに備えない理由にならないのだ。

◯地震本部の長期評価(2002)は根拠がない?

相変わらず弁護側の宮村啓太弁護士の尋問の進め方はわかりやすかった。法廷のスクリーンで映し出すグラフの縦軸、横軸の読み方を丁寧に説明するなど、プレゼンテーションのツボがおさえられている。原発のリスクを示す指標である確率論的リスク評価(PRA)について、宮村弁護士の解き明かし方は、これまで聞いた中で一番わかりやすかった。PRAの専門家である酒井氏が「あなたの説明がよっぽどわかりやすい」と認めたほどだった。

 そのプレゼン術で、宮村弁護士は、地震本部の長期評価(2002)の信頼性は低いと印象づけようとしているように見えた。
宮村「長期評価をどうとらえたのですか」
酒井「ちょっと乱暴だと思いました。これは判断であって、根拠が無いと思っていました」
 言葉を変えながら、こんなやりとりが何度も繰り返された。

 そして、宮村弁護士と酒井氏が時間をかけて説明したのが、米国で行われている原子力のリスク評価の方法だ。法廷では、酒井氏が電力中央研究所でまとめた研究報告(*1)が紹介された。
 酒井氏は、どんな地震が起きるか専門家の間で考え方が分かれている時は、専門家同士が共通のデータをもとに議論することが大切であると強調した。

 不思議なのは、酒井氏の研究報告が「長期評価の信頼性が低い」という弁護側主張と矛盾していることだ。長期評価(2002)は、文部科学省の事務局が集めた共通のデータをもとに専門家が議論して、地震の評価を決めている。酒井氏の推薦する方法そのものである。
 一方、東電が福島沖の津波について2008年に実施したのは、個々の専門家に、共通のデータを与えることなく、意見を聞いてまわる調査方法だった。「米国では問題があるとして使われなくなった」と酒井氏が証言した方法そのものである。
 酒井氏の証言には、こんな「あれっ」と思わされる論理のおかしさがあちこちに潜んでいた。

◯東北電力も高い津波を予測していた

この日の公判で、東電や東北電力が事故後7年も隠していた新しい事実も明らかにされた。2008年3月5日に、東電、東北電力、日本原電などが参加して開かれた「津波バックチェックに関する打合せ」の議事記録である。

 これによると、東北電力の女川原発も、地震本部の長期評価(2002)の考え方に基づき、これまで発生した記録のない宮城県沖から福島県沖にまたがる領域でM8.5の津波地震を想定していた。東電だけでなく東北電力も、明治三陸沖地震(1896)のような津波地震が、もっと南で起きる可能性を検討していたのだ。この場合、女川原発での津波高さは22.79mの津波と計算されていた。

 長期評価によれば、女川(敷地高14.8m)も水没すると予測されていたのである。2008年3月時点では、東電は長期評価を取り込む方向で動いていたが、それに対して東北電力は難色を示した可能性がある。

◯完全に手詰まりだった

「津波対策のため原子炉の運転を停止すべきであると考えたことはあるか」という質問に、酒井氏は「ありません」と言い切った。「何かしらの指示が出されれば止めて対策というのは、どこの国もしていない。運転中に評価をして対策を取るのがスタンダードだと今も思っている」と証言した。
 しかし、運転継続しながら対策を取るのは、「一定の安全性が保障されていること」が前提だ。それは酒井氏自身も認めた。

 耐震バックチェック(古い原発の安全性再確認)は2006年9月に開始され、揺れについての報告書(中間報告書)を、各電力会社が2008年3月に提出した。運転しながら確認作業は進められたが、旧来の想定を超えても、重要部分はすぐには壊れない余裕があることを電力会社はあらかじめ確かめていた。

 ところが津波は違う。古い想定に余裕はなかった。新想定が数cm高く見直されるだけで、その想定津波のもとでは非常用発電機など最重要設備が動かなくなる。それなのに運転しながら対策を進めることは、リスク管理上とても許容されることではない。

 事故の4日前、2011年3月7日、東電は保安院から津波対策を早急に進めるよう迫られていた。翌月には地震本部が貞観地震が再来する可能性について報告書を公開する手続きを進めており、地元自治体への説明も始めていた。
 「地震本部が予測する貞観地震に、原発は耐えられるのか」と地元から問われた時、困った事態に陥る。東北電力は安全性をすでに確かめ、2010年にはこっそり報告書をまとめていた。ところが福島第一は非常用発電機や原子炉を冷やすポンプが動かなくなる。それが露見したら、運転継続は難しくなる。

 もし、すぐには問題に気づかれなかったとしても、その先の見通しも暗かった。2016年までには津波対策を終える予定としていたが、その工法に目処は経っていなかったのだ。
 そんな八方塞がりのもと、東電は漫然と福島第一の運転を続けて、事故の日を迎えた。

 酒井氏は、福島第一を襲った大津波について「想定で考えているからといって、やっぱり来たかというより、びっくりしました」と述べた。
 大津波の4年前、東電の柏崎刈羽原発が震度7の直下地震に襲われたばかりだった。酒井氏は、その原因になった活断層評価もとりまとめていた。
 そして福島第一の津波である。これも自分が想定評価の責任者。自分が調査を担う東電の原発ばかりが、めったに起きないはずの地震に連続して襲われことは無かろうと、高をくくっていたのではないだろうか。


(*1) 酒井俊朗「確率論的地震動ハザード評価の高度化に関する調査・分析―米国SSHACガイドラインの適用に向けて」2016年7月 電力中央研究所報告 調査報告:O15008
https://criepi.denken.or.jp/jp/kenkikaku/report/download/QWlp5J6qglDSQZkjONm5eJTmvYInxMRl/O15008.pdf
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添田 孝史 (そえだ たかし)
サイエンスライター、元国会事故調協力調査員
著書に 『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判―福島原発事故の責任を問う
(ともに岩波新書)
刑事裁判傍聴記:第8回公判 「2年4か月、何も対策は進まなかった」
刑事裁判傍聴記:第7回公判 「錦の御旗」土木学会で時間稼ぎ
刑事裁判傍聴記:第6回公判 2008年8月以降の裏工作
刑事裁判傍聴記:第5回公判 津波担当のキーパーソン登場
刑事裁判傍聴記:第4回公判 事故3年後に作られた証拠
刑事裁判傍聴記:第3回公判 決め手に欠けた弁護側の証拠
刑事裁判傍聴記:第2回公判

2018年4月26日木曜日

高尾誠氏証人尋問報告(海渡雄一弁護士)

東電津波対策の要 高尾誠 証人尋問が終了

-指定弁護士側の立証の全貌が明らかに-


被害者参加代理人
弁護士 海渡雄一

 4月10日、11日、17日の3日間、第5回、第6回、第7回公判で東電の土木調査グループの津波対策の担当者であった高尾誠氏が証言した。その尋問内容をレポートしたい。

目次
第1 まとめ
第2 4月10日、11日の指定弁護士の主尋問
1 経歴
2 2002年当時の状況(土木学会津波評価技術と推本長期評価)
3 耐震バックチェックの開始
4 推本の長期評価をバックチェックで取り入れることとした根拠
5 柏崎原発の活断層隠蔽時の記者会見に同席
6 バックチェックの基準津波の計算の発注
7 計算結果の納入とバックチェックの中間報告
8 10メートル盤に10メートルの鉛直壁を立てたときの津波遡上高の計算
9 武藤本部長と各グループの面接
10 10月中に対策工事の検討を完了する
11 7月31日 武藤二次面接 「研究を実施しようで力が抜けた」
12 他社や専門家に対する説得作業
13 津波堆積物調査と進捗しない津波対策
14 GMとなり、津波対策ワーキングを立ち上げる
15 土木学会津波評価部会は房総沖で集約
16 保安院とのやりとりを武藤本部長に連絡
17 事故はショックだったと述べたが、被害者への謝罪の言葉は聞かれなかった
第3 弁護人による反対尋問及び主尋問(11日、17日)
第4 指定弁護士による再主尋問(17日)
第5 弁護人再反対尋問(17日)
第6 裁判官補充尋問(17日)

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